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学校の学級崩壊について考える   (2001年1月10日)

 ・小学校で子供たちが勝手に騒いで授業が出来ない学級崩壊の現象について、政府が教育を見直す作業をしているようだ。
 かって大学紛争に始まり荒れる中学校が出てきて、子供たちがこれまでの教育に対して不満を訴えてきた。
 そんなことに国が真剣に考えたことがあったのか。子供たちが反発するのは教師の力量がないからだと管理体制を強めるばかりであった。
 分からない事が分かってくる、出来ないことが出来るようになることは誰でも楽しいことである。教科書にあることを教え込むだけでは、物覚えの遅い子供はやがてやる気を失ってしまう。こんなことが積もり積もって学校教育が崩壊したのである。
 呑み込みの遅い子供でも分かるように、指導方法を十分に研究する必要があるのである。歩留まり30%と言われながら、現場では自由な研究が進まない管理体制の元にあったのである。
 物が有り余って何でも容易く手に入るような今の社会は、子供を育てるうえで極めて悪い環境である。
 親は躾についての認識が乏しい。比較的きちんとした躾を受けた人で、いくらか教養を積んだ親は「型にはめないでのびのびと育てたい。」といって、肝心な時期に躾をしないのが殆どのようである。
 そして4~5才になって我が強くなると、今度は親の言うなりにならないためにヒステリックに折檻することになるのである。
 そのうえ小さい時期の食事が問題である。トーストにミルクその他スナック菓子に甘い飲み物では精神的にも肉体的にもたまったものではない。
 プレ-キもハンドルもない暴走車のようなものが出来上がるのである。
 躾といってもそんなに難しい事ではない。呼ばれたら「ハイ」とはっきり返事をすること、朝、両親に「オハヨウゴザイマス」と挨拶をすること、靴を脱いだらきちんとそろえる事が出来ればそれで上等なのである。
 3才までにこの躾をしないと、素直に人の話を聞けるような人間に育てることは困難である。食事だって玄米に味噌汁等食べていたら、精神的にも安定するし肉体の健康も随分変わってくるはずである。
 子供の凶惑犯が増えて少年法を改正した、これから教育法をいじってみて何がかわるというのであろうか。成人式に演壇に上がってクラッカーを鳴らしたといって逮捕したというニュースも、みんな大人の責任なのである。
 こうした子供たちにしないために何をなすべきなのか。それは正しい食事と小さいときの躾であるが、これは家庭の問題であるだけに、心ある人達の自主的な運動に頼る以外に道がないような気がするのである。
 科学が進歩し生活に役立てて、便利になり豊かになっても、それが安全で人間の健康に良いものかどうかの検討を怠るとやがて取り返しのつかない結果が起こり得るのである。
 原子力利用も化学肥料も農薬も今の遺伝子組み替えも、十分検討してかからねばならないものであろう。
 私は21世紀の幕開けに当たって、極めて半端な物がたくさん横たわっているような気がして社会に対して済まない気持ちで一杯である。
 せめてゴミだけでも片付けてお詫びをしなければと思っているのである。

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