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今日からで二十一世紀が幕を開けた   (2001年1月1日)

 私達が21世紀に遺したものは、胸を張って誇れるものが余り無いように思う。その多くは再検討しなければならないものであろう。狭い範囲ではあるが、私の体験を通して二三考えてみたい。
 ○生ゴミの始末について・・
  こういうことは生活の一部として余ったものは土に返すといった風に処理すれば済む問題なのだが、そう簡単にいかないのが実情である。
  何でもかんでも燃やしてしまえば、悪臭等の公害が出ないし具合がいいのである。
  ところがペットボトルや発泡スチロウル等は燃やせば公害が発生するというので、分別収集するようになった。
  そして紙屑や生ゴミが焼却釜に入るようになると、今度は燃えにくくて燃費が大変嵩むようになってきた。
  そこで今度は大手の生ゴミは焼却釜に入れないような法律を作ったのである。
  そしてリサイクルするように義務付けたのである。
  しかしそうした準備がまだ出来ていないのに、決まりだけ先走るものだから混乱はさけられない。
  私の所で処理するには処理業という認可がなければいけないという。
  処理業を申請するには資格を取らなければならない。
  しかしその資格をとるための講習は何10年に一度回ってくるか分からないという。
  許認可制度の紛らわしさは呆れるばかりである。
  やる気のない行政にはいい口実なのである。
 ○農業問題・・
  科学の進歩に伴って、農業は化学肥料を使って大量生産を目指すようになった。
  こうして育つ作物はひ弱で病虫害に侵されるので、農薬を沢山使用しなければならない。
  大農法だから草取りなんかやっていられなくて除草剤を使うようになった。
  そのために健康を侵される農民がたくさん出てきた。
  人に害を与える農薬はだんだん薄められてきたものの、化学肥料と農薬に頼った農業は変わっていない。
  土を始めとする自然の崩壊は著しいものである。その上化学肥料で育てた作物は最も大事なビタミンやミネラルを殆ど含んでないというから、食生活上の大問題なのである。
  有機無農薬を目指して早々に改めなければならない課題である。
  世紀末になって特に米作り農家は食べていかれないという嘆きが多くなった。
  リンゴもそうらしい、今までの農業で食っていかれないとしたら皆が花やトマトを作るようになれば良いのだろうか。
  私達の健康を守る農業は一体どうすれば良いのだろう。
  米余りという困った現実もある。
  21世紀は豊かな自然の中で健康に良い作物を作る運動を皆で考えていかねばならない。
  世界中の野菜や果物が店頭に溢れているが、安全で美味しくて健康の足しになるものは余り無いのではないか。
  食物と健康についての研究は世界的になったようで、日本在来の食事については古くさいといった感じで手が付けられていないのである。
  カロリー栄養学で殆どが外の食生活にならった食事が話題になっている。
  味噌汁も漬物も子供達は食べないようである。
  そして減塩が特別強調されている。
  いま日本は世界一の長寿国だそうだが、ぼけと寝た切りも世界一だそうだから全然自慢になる話ではない。
  これは日本本来の食を見直す事が必要になった証である。

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