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にわかに冬がやってきた    (1993年12月16日)

  14日は寒くて小雪がちらついていた。15日の朝は20センチ程の積雪があって初めて除雪機を運転した。けれども降り初めの雪は湿っていて、除雪機は直ぐ使えなくなってしまった。その日は一日いっぱい雪が降り続いた。家の前も夕方までに、4回も雪掻きをしなければならなかった。
 そんな家の前でも今朝になって大分雪が積もっていて、大雑把に雪掻きをするのに20分もかかってしまった。さて作業場は、入り口に高く積まれた雪を一気に乗り越えたとたんに、フロントガラスまで雪が被さって車は止まってしまった。
 車を降りると、雪は膝の上まで積もっている。40センチ以上の大雪である。除雪機を動かしてきれいに除雪するのに約1時間かかった。12月に此れ程の雪が降ったことは、この仕事を始めてからはなかったことである。
 さても今年の冬は雪の多い冬になりそうである。

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年末は特に忙しい    (1993年12月11日)

 何時ものことながら年末になると、旅館街は何処も盛況でゴミが倍増する。昨日はゴミが少なかったから、今日土曜日と明日の日曜日の三日で一杯になると思っていたのである。ところが今朝は浪岡の給食の残飯がこれまでの3倍くらい置いてあった。
 玉葱の屑がゴミ袋に6つ、残飯が90リットルのコンテナで2つ、リンゴ箱に5つと大変な量である。この分だと旅館街のゴミは入らないので、半分残すことにする。給食の残飯だけだと、植物性のものが多すぎてバランスが悪いことにもなる。
 旅館街の生ゴミも予想通り多くて、やっと車に積み込んだ状態である。こちらのゴミも半分しか入らない。両方で明日の分程余ってしまった。常時此れ程の生ゴミが集まるようだと、この発酵機の2倍ある1.5トン用の機械の方が便利である。
 撫牛子の建具やさんがZ菌を譲ってもらいたいといってやってくる。前に2度ほど訪ねて来たことがある、郷山前のSTさんが鉋屑を貰いにいくハシゴを作るという爺さんだ。親戚に弁当屋がおって調理滓が沢山出るので、やってみたいという話であった。
 金網を張って熟成槽を作ったそうで、なかなか工夫して物を作るのが得意なようである。ただ臭いがすると言うから、鍬で少しかき混ぜてみたらどうかと言ってやった。臭いがするくらいでないと、堆肥としての効き目がないのではないか、と少しジョッパリな昔気質の爺さまである。

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学校給食調理滓持ってくる    (1993年12月2日)

学校給食調理滓持ってくる      (1993年12月2日)
 浪岡の学校給食の処理をしてくれないかという話があったのであるが、前にやってみて私一人の手で無理だから断っていた。厚生課のNMさんが是非お願いしたいということで、作業場まで運んできてポリの林檎箱にネットをしいて生ゴミを入れていってくれた。
 今朝はすっかり水が切れていて、具合良く処理できた。林檎箱に5つだから150リットル位になろうか、お陰で今日は2日目で発酵機の運転となる。
 こんなに大量の生ゴミだと燃やすのも大変だろうし、第一勿体ない話である。役場の職員が自分の林檎箱やネットを持ち込んでやっていることを上司が知っているのだろうか。
 ともかく堆肥にして土を作る事が出来る貴重な資源を、無駄に捨てないで少しでも活かそうとする気持ちが次第に広がってきたような感じである。

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鶏舎に照明を取付け    (1993年11月26日)

 鶏舎の天井に黒い防風網を張ったら、中が随分暗くなった。そのためか卵が日増しに減っていって、とうとう20台になってしまった。得意先から催促が多くて困っていたのであるが、電球を灯して少し明るくしてやれば良いという話を聞いたので、早速実施してみることにした。60ワットの電球を奥の方の真ん中に吊して、付けっ放しにしておくことにした。さてどんな変化が出ることやら、楽しみである。

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健康であることは有り難い事    (1993年11月25日)

  どんなに健康な人でも体のどこかに故障があって、人知れず困っている事があるものではないだろうか。私などは殆ど病院にも行かないし、極めて健康そうで人様にもそんな風に言い触らしている。しかし目は近眼に乱視に老眼、歯は総入歯、幾ら食べてもみんな身になってしまうくらい通じがない、刺身を食べると必ず下痢を起こす、時々腰痛があったり肩凝りがあったりする、冬のなり掛けには手や足に霜焼けができる、足には水虫が出来て暖かくなれば痒くてたまらない、等などこれではとても健康だとは言われない程である。
  けれどもこんなものは何れもちょっとした注意や薬で癒すことが出来るので、どうしても病院に行かなければならないというものではない。
 歯はこれから生え変わるという訳にいかないし、目も全く回復する術はないであろう。これはこれで義歯や眼鏡で補って我慢出来るし、慣れてしまえば生活する上でそれ程支障がない。その外の事は親から頂いた体質で仕方のないものだと考えていたのである。
  ところが偶偶「一倉定」氏の「塩こそ生命の源」という説に出会い、やってみたら驚くほどの効果が現われたのである。
 試みに卵醤を二日飲んでみたら、その日から毎日通じがあって毎日便所へ行くのが煩わしい位である。こんなに効くのも珍しいことではないだろうか。おっかなびっくりに刺身を食べてみたら何事も起こらない、刺身アレルギーも解消している。そして知らない間に腰痛が治っているのである。今度は足に天然塩をすり込んで、水虫退治をやってみたら、長年悩まされてきた水虫が一週間もたたないうちに治ってしまった。
  その上霜焼けも出ない、健康体というものはこんなものであったのかと感じ入った次第である。
 こんなに良いことは自分一人恩恵をこうむるには勿体ない、会う人毎に話をして勧めることにしている。
 さても減塩だとか、丈夫な体を作るために肉を食べた方が良いとか、カルシュウム補給に毎日牛乳を飲んだ方が良いとか、ビタミン摂取に生野菜や果物を沢山食べた方が良い等は、日本人の体に合わないという説は俄に信じがたい事であった。しかし良く読んでみると成程と思う事ばかりで、しっかり虜になってしまいそうである。
 不幸にして病気になって病院へ通うようになると、患部を治す薬のために健康な体に戻れなくなってしまうこともあるのではないか。例えば適当ではないが、作物を育てるのに生育が良くないと窒素を撒くとか、リン酸やカリを与えるとかして見事な野菜を作っている。
  ところがこうして出来た野菜は見かけが立派なだけで、ビタミンもミネラルも殆ど含まれていないものであるという。本来の野菜とは程遠い、人間が作り出した贋物である。科学の進歩に伴って、医療も農業も著しい発展を遂げているけれども、人体も自然も分かりにくい面が多すぎる。もっと視野を広げないと、結果的に間違った処置をしてしまうことになりはしまいか。

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生ゴミ堆肥実践者を訪ねる    (1993年11月22日)

 浪岡のSYさんは私が作った堆肥の効き目に驚いて、昨年から娘さんと一緒にご自分で生ゴミ堆肥を作って農業をしておられる方である。春にテレビの取材に同伴して、ホウレンソウやバツカダイコンの育ち方に目を見張ったものである。夏にはジャガイモを頂いて凄く美味しいと思ったし、先日はりんごを頂いて香と風味に感心した。一度ゆっくりお話を伺いたいと思ってお尋ねをしたのである。
 雪がちらついて冬支度に忙しい様子であったが、仕事の手を休めていろいろとお話頂いた。
 ナスは今年も良く出来て、欲しい人が来てみんな上げてしまった。(私も頂いたのを漬物にして食べたがとても良い味であった)。ダイコンもネギも凄いのが出来た。(今まで農業をしてこられた方が言うのだから余程立派なのが出来たのであろう。)抜いてみて気が付いたことは、根がしっかりと土に食い込んでいることだ。(化学肥料は根の働きが余り必要なくなって退化してしまうのかも知れない。)茎や葉が大変柔らかいのも堆肥のせいだろう。
 キャベツの根瘤も小さくなっていくようだ。りんごはこれまでと比べて一段と香りが良い。野菜もりんごも家族みんなが良く食べるようになった。等など生ゴミ堆肥のご利益は私が考えていたよりはるかに大きいもののようだ。私はそれほど短期間に効果が現われるとは思っていなかったのであるが、専門家の土に対する感触が肥料の使い方を適切にさせたものであろう。
 こうした素晴らしい出来映えの野菜は、香りや風味が良いだけではなくビタミンやミネラルも豊富で健康に良く、強い生命力を培ってくれるに違いない。
 ゴミ問題でも、厄介者の大豆の生ゴミがここで活かされているのである。その処理費を考えると、発酵菌を配布するくらいの行政の配慮はあって然るべきである。そしてこうした実践者がどんどん増えていって欲しいものである。

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卵が足りない    (1993年11月18日)

 先月末から卵の数が1日40個位しかなく、とても需要に応じきれない。鶏の数は400羽もいて卵が1割しか出ないのでは、破産してしまう。こういう事が起こらないように、計画的に雛を入れたのであるが、考えた通りいかなかったのである。
 6月に買った90日雛のオウストラロウブと名古屋種は、今頃産卵の主力でなければならなかったのである。ところがもう240日令なのに50羽で10個も産んでいるだろうか、これ以上期待するのは無理である。そのために少しではあるが卵を産む先輩の鶏達を全部処分する訳にいかないのである。
 12月になれば、9月に入れた雛50羽が卵を産み出すことになる予定だから、1日70個位にはなるだろう。それからは肉鶏として大部分処分して来年に備えなければなるまい。

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堆肥の整理    (1993年11月6日)

  第二鶏舎の奥の堆肥もやっと運び終えた。今年は堆肥の注文が多いので早く貯蔵所へ運び入れておかなければならない気がしていた。何時ものことが、鶏舎の床は水分が多すぎて腐っている所もあれば、乾燥しすぎて発酵不十分の所もある。
  これらは貯蔵所で調整しなければならないのである。適当にかき混ぜた。場合によっては水を掛けるなどして、無臭のサラサラした堆肥になるまで世話をするのである。貯蔵所では所々再発酵して盛んに湯気を上げている。
  浪岡ではもう80袋程持っていったのであるが、まだ発酵中で刺激的な臭いのするものが多かった。外へ積んでおけば、やがて発酵が止んで無臭のサラサラした堆肥になるから問題はないのだが、何時もと違うと思っているかも知れない。
 春に貯蔵所から全部運んでしまってから、その後に鶏舎の前・後と一年かかって積んでいく。それに熟成槽を3つ位入れると30トンは越えると思うのが、今年は生ゴミの提供者が増えたためか、堆肥の山が今までよりも多いようである。この後浪岡や地元で大分運んでも、リンゴ園へ行く堆肥の量はいつもと余り変わりがなさそうである。
 今貯蔵所で再発酵している堆肥も春までかかれば、安心して畑へ撒ける良質の堆肥になること間違いなしである。

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歯茎の炎症    (1993年11月4日)

  歳のせいであろう、歯肉が痩せて義歯が合わなくなり歯茎に炎症を起こして物を噛むことが出来ない。義歯は不健康の証で恥ずかしいから、医師にさえ見せたくない気にさせられる。
  それで市販の入歯安定剤を使って、何とか堪えてきたのであるが、最近の安定剤は私の場合かえって炎症をひどくするようである。
  今の義歯は退職前に作ったものだから、かれこれ十年近く使ってきて随分すり減っているようでもある。せめてリンゴでも噛れるようになりたくて、歯医者さんを訪ねる決意をした。
  私は20歳代の後半に、やたらに忙し振りをして食が進まず度々肉を食べていた。そのうちに職員室中央の大きなストーブを背にした席が当たって、毎日背中をあぶりながら仕事をする羽目になる。こうしたことが主な原因だと思うが、歯ぎん炎とか歯槽膿漏とか言って大事な歯を全部抜かれてしまったのである。
 なまじっか強健で、健康の事など余り考えなかった罰が当たったのであろう。当時の生活の無軌道ぶりをすごく後悔したものである。
 医師は私の歯を診て、「歯の噛み合わせが逆になっていて、これでは物を噛むことが出来ない。新しく義歯を作っても、何でも噛めるという訳にはいかないかも知れないから、余り大きな期待をしないようにしてほしい。」よくまあ我慢をしてきたものだと言わんばかりである。
 丁寧に型を採ってくれた。此れ程歯茎の炎症で苦しまないようになってくれれば有り難い。

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珍しくウジがわいて    (1993年10月31日)

 随分ぐずついた天気が続く。熟成槽は雨に洗われて発酵が止まってしまった。この時期には珍しくウジがわいて、臭いも悪い。
  第一鶏舎の発酵している床を混ぜて、鍬で打ち返す。雨が上がってくれないとどうにもならないようである。貯蔵所へ運んだ堆肥も早く熟成するように、打ち返したり水を掛けたり忙しい。

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鶏舎の天井張り替え    (1993年10月29日)

 鶏舎の天井は、細い針金を張った上に防鳥網を被せただけの極めて簡単なものだった。とは言っても分厚いコンクリートの壁にこれだけの仕掛けをするには、KM先生やTHさんに手伝ってもらってやっと作り上げたものである。
 それがノーリンクロスという羽の丈夫な鶏が来てから、無残に破られてそこから自由に出入りするようになってきた。やがて鶏だけではなく猫や烏まで侵入して、鶏や卵を食い荒らされるようになってきた。どうしたら良いものかと、誰彼となく相談をしてきたのであるが、構造物が大きすぎて安くて簡単には出来そうにない。
 張る素材はリンゴ園の防風網の使い古しを頂いて、寸法を合わせてミシン掛けしておいた。第一鶏舎の前面の作りが、コンクリートの高さになっていれば、天井の網を止めることが出来るから、それをKD建設の社長さんにお願いしていたのである。
 それを10月12日にやってくれたので、後は作業の手伝いをしてくれる人を待つだけになっていた。
 浪岡の堆肥運びに来てくれるHGさんに手伝っているTT君は、高いところも平気だというので、この仕事をやってもらうようお願いする。コンクリートの壁の上に30センチ程の木片をビスで止めて、そこに網を挟んでもう一枚の木片を打ち付けて固定する考えである。一番の難関は最初の木片をコンクリートの上にビス止めする作業である。木片の上からコンクリートまでドリルで穴をあける、これがまたなかなか進まないのである。しかも落ちないように鉄骨に捕まりながらやるわけだから、大変な芸当である。
 ドリルが芯一杯入れば、今度は木片を動かないように押さえながら、ドライバーでねじをしめていくのである。一つの木片は二本のねじで止めなければならない。これが後に三本、両わきに三本づつ、合計九本も止めなければならない。ドリルとドライバーの作業が18回に及ぶ。10月14日は第一鶏舎の天井を張るだけで精一杯だった。
 今日は残りの部分をやってくれるというので、手伝ってもらうことにする。手慣れたとは言っても、足場の悪い高いところの作業は、細心の注意を払わなければならない。高いところは私とTT君でやっても、下から資材を補充してくれる人が居ないと駄目だから、どうしても三人必要である。昼近くまでかかって念願の天井を張り終える事が出来た。感謝感激である。
 鶏舎の中は随分暗くなったが、猫や烏の侵入も出来なくなって一安心である。

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堆肥の効き目が良かった    (1993年10月26日)

 私の所の堆肥を使った効き目の話は今まであまり聞いた事がなかったのだが、去年浪岡農協のご夫人方がナスやカブが大変よく出来たと教えてくれたので、私もほっとしたものである。それ以来生ゴミ堆肥を作る活動が始まって、春野菜も凄く良く出来たと喜びの報告があった。
  今回は郷山前のSTさんから生ゴミ堆肥の効き目についてのお手紙を頂いた。
 ・ネギの土寄せをしたら白い根がびっしり生えていた。
 ・秋野菜は見事な出来映えだった。
 ・タマネギの芽だしは生えむらがなくて、素晴らしかった。
 ・落花生は実が余り着いていなかった。冷害だったようだ。
 ・今年はりんごのジュースが余り出ないという話であるが、我が家のりんごは何時もよりジュースが出たようだ。
 リンゴについては野菜のように早く効果が出ないと思うのであるが、りんごの木と長く付き合っていると、木の気持ちになって世話できるものかも知れない。要は土作りが農業の基本であると言うことを、斎藤さんは実践を通して教えてくれているのである。
 本郷のご夫人方も生ゴミ堆肥作りに精を出しておられるようだが、まだその量は少ないらしい。それでもカブやダイコンは大変よく出来たそうで、来年はもっと多く堆肥を使いたいと言っている。こんな人達には出来るだけ応援をしなければならないと思っている。

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卵・堆肥の需要が増えそう    (1993年10月23日)

 卵の数が少なくて注文通りに分けてやることが出来ない。400羽もいる鶏で卵が70個位ではお話にならない。古鶏を整理してしまいたいが、そうすれば卵の数はもっと少なくなる。
 6月に入れた鶏はもう7カ月にもなるのだから、盛んに産卵しなければならない時期なのであるが、今やっと産み出してきた。変わった品種を入れたのが失敗であった。こんなに卵の需要が多いと、産卵率の良いロードかシェーバーを入れなければなるまい。12月頃からは100位産む予定だから、それまでに古鶏の整理をしなければならない。
 堆肥も評判が良くて、今のところ200袋位の申し込みがある。第一鶏舎のようにベトベトしたものは、貯蔵室で暫らく乾燥させなければならない。また第二鶏舎の床はすごく乾燥して、これはこれで熟成が不十分なようである。乾燥して未熟なものは貯蔵室へ運んでから、水をかけて再発酵させるのである。こうして出来るだけ熟成させた堆肥に仕上げないと、畑へ入れてから発酵を始めて、作物に障害を起こす恐れがある。人様に使ってもらうことになると、殊更気を使うものである。

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冷害    (1993年10月15日)

 殆ど稔っていない田圃もあるようだ。冷害の不作が騒がれてから米屋では米が無くなって閉店している所も見られた。農家が米を買い占めているという話である。米が無くなれば大変だという気持ちは米作りの農家が一番強いに違いない。
  然し農家が沢山の米を買い占めて、一般の消費者が米を買えない状態は誠に困ったことである。そんなことをして米の輸入反対を唱えても説得力はあるまい。自粛すべきである。
 さてひどい冷害にもかかわらず例年と殆ど変わらない収量を上げた農家の話が、再三テレビで報道されている。そしてそれは有機栽培のお陰だと説いている。牛を飼ってその堆肥を使っている農家では、直ぐには効果は上がらないが3年~5年後に効いてくるのだ、と言っている。おそらくこれは未熟なまま田圃に入れているのであろう。よく熟成させるともっと早く効果が現われるに違いない。
 報道陣が物珍しく報道しても、肝心の農家がやる気を起こさなければ意味が無い。
 それだけでない行政や試験場・改良普及所などの関係機関は、この事について全く知らないふりをしているのは理解できない。土作りを怠って自然を破壊し続ければ、例え冷害でなくても作物が出来なくなることを全く知らないわけではあるまい。
 私も堆肥を作ってみて初めて考えたのであるが、物が有り余っていれば「土作りをしないと今に大変なことになる」なんて考えにくいことである。

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秋仕舞い    (1993年10月12日)

 今年の秋は雨の日が多くて、リンゴの色が着かないとか玉伸びが悪いとか、米の不作に続いて農夫の口説きが多い。私の所はそんなに天候に左右される程のものではないが、雨の降らないうちにやっておかなければならない仕事が結構ある。
 運搬を始めた熟成槽の堆肥は連日の雨を含んでズッスリと重いけれども、これから又激しい雨が降るようだと流される心配がある。早く片付けて貯蔵室の中で乾くように広げておく心算である。今朝やっと運び終えることが出来た。
 こぬかを買っていくのも、雨が降っていない時でないといけない。沖揚平へ鶏の餌にする野菜屑を貰いに行くにもやはり天気が良くないと具合が悪い。今日は良い天気ではないが、明日からまた雨や雪の予報なので急遽出掛けることにした。
  高原の木々は紅葉が過ぎて茶褐色にくすんでいる。今年は綺麗な紅葉が見られなかったとKSさんが言っていた。
 ハクサイは大分売れ残っている。今採れるハクサイは歯ざわりが良くて高原野菜の特徴があるのだが、分かっている人が少ないのであろう。少し鶏の上前をはねて家へ持ち帰り漬けてもらう。あのまま雪に埋もれてしまうのでは、誠に勿体ないことである。
 折角作ったものが余り無駄にならずに沢山の人達に食べてもらうように山来ないものだろうか。

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仕事がきつい    (1993年10月11日)

 第一鶏舎の奥の方の床がべとっとして悪臭が出るので、一気に運び出すわけにいかない。鍬で打ち直して2~3日すれば、発酵を再開して悪臭が消えていく。こうした出来損ないの堆肥を処理するには随分余計な手間と時間がかかる。
 その間に外の熟成槽の堆肥を搬入することにする。これも5月20日に積み終えたものを、運搬車で運ぶ。私の作った運搬車の枠は0.3立方メートル位だから15回も運べば5立方メートルの熟成槽一つ運んでしまえる勘定である。これも連日の雨でたっぷり水を含んで重くなっていて、なかなかの重労働である。それに下の部分が青い色をして幾らか悪臭を出している。
 こうなると又鍬で掻き回して空気を入れなければならない。ここも暫らく休まなければならない。あっちこっち悪臭を出す所を曝け出して置くものだから、悪臭を出さないのが自慢の作業場も暫らくは形なしである。
 堆肥の貯蔵所も大分貯まってきた。堆肥の注文もあるので、よく熟成した堆肥と未熟な堆肥は分けて積んでおかなければならない。それに2メートル以上高く積むには時々斜面と足場を作り直しながら作業を進めなければならない。
 5時15分頃作業場へ着いてから、凡そ5時間半の重労働は中々なものである。幸い今年は「卵醤」のお陰か腰の痛みもなく、無事に作業をこなしている。この堆肥運びが終わるまで暫らくの辛抱である。

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鶏舎の床が臭い    (1993年10月7日)

  第一鶏舎の奥の方は5月20日まで飼料を積んだ所だから、もう4カ月過ぎて上の部分まで熟成している筈である。さて搬出に取り掛かると、表面はサラサラして良いのであるが、20センチ位下からは青黒い色でべとっとしていてここから凄い悪臭がするのである。更にその下は黄色い色でいろんな物の形が崩れていない状態で、全く熟成しないまま時を過ごして来たようである。
 この一画には止まり木があって、鶏がいっぱい止まって休んでいる。それで下の部分が鶏糞でべとつくのであるが、これ程ひどいとは思わなかった。べとついた未熟な堆肥は重い上に臭くて、運びだすのが容易でない。それでも貯蔵所へ積んでおけば、何時の間にか熟成して臭いも消えてサラサラした状態になるのであるが、運びだすまでが大変である。
 悪臭の出る堆肥は上の方に積まなければいけないから、1日に一輪車で10回も運べば力尽きてしまう。もう運びだしてから一週間も経ったというのに、半分も進んでいない状態である。この悪臭は長靴は勿論のこと、衣服のどこかに染みついていて、家に帰ってからでも時々ほのかに匂ってくるのである。臭いに慣れてしまった自分でもそうだから、他の人はもっとひどく感じるに違いない。
 妻は私の長靴を玄関から出して、風通しの良い軒下へ置いている。こんなあり様だから参観者のある日や自分自身が人前に出るときは堆肥運びをしないようにしている。なんとか早く片付けたいが、あと二週間はかかりそうだ。

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ずいぶん参観者が多い(2)    (1993年9月28日)

 昨日に続いて今日は金木地区農業改良普及所のSKさんが引率して、農村女性リフレッシュ講座受講生が50名マイクロバス2台でやってくる。この人達は先月訪れた小泊の婦人生活学校と似ていて、やってみる気十分である。
 籾殻なら余るほどあるので、おがくずの代わりに使えないかといった実施する上の具体的な話が出る。Z菌も70グラム500円の包みを20程準備していたのであるが、30もの注文があったので後で送ることにする。
 地元の人達はなかなか本気になってくれないが、平内が1ヶ所浪岡で数個所、そして今度は小泊・金木で始まる気配である。何処でもよいから生ゴミを無駄に捨てないで、優秀な堆肥にして良い野菜を作るようになってほしいものである。
 昨日は激しい雨が降って熟成槽の堆肥が洗われて、すっかり冷めてしまった。そのために今日はこれまでになく悪臭が漂っている。こんな時見学に来られるとやる気をなくするのではないかと心配である。そんな訳で堆肥運びもままならないこの頃である。
 明日は名取市の養老院の院長さんが訪ねてくるという。これは月刊雑誌「致知」で私のことを知ったそうである。養老院の調理屑・残飯を堆肥化したいという希望である。
 明後日は五所川原のOGさんという方が、作業を見たいという申し込みである。普及所にいる友達から聞いたということである。

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ずいぶん参観者が多い    (1993年9月27日)

 今日は黒石地区農業改良普及所のすすめで、黒石地区広域生活改善グループ連絡協議会という誠に長い名前の会長さんとグループのメンバ一10余人が10時から11時過ぎまで見学していった。
 農業に携わっている人達だけに堆肥に対する関心があって、この堆肥なら良さそうだと納得したようだ。ところが自分で作る話になるとなかなか乗ってこない。理由は匂いがしたり蝿がわいたりすれば周りの人間が騒ぎだす世の中だから、思ったこともやれないのだという。
 どうして農村までこうも綺麗好きになったのだろう。化学肥料や農薬による自然破壊の方がはるかに大きい問題なのに、直接差し障りのありそうな小さなことに目くじらを立てている。他人のものなら匂いも蝿も鶏の鳴声もみんな気に障るのである。
 安全で健康に良い作物を作るために、蝿の発生や多少の田舎香水や鶏の鳴声位は我慢してもらえないものだろうか。たった一人参加した男性が言っていた、生ゴミで堆肥を作ったり鶏を飼ったりしているという話を聞いて騒ぎだす人が出るのではないかと思っていたが、来てみたら匂いも殆どしないし場所も民家から離れていて良い。これなら反対する人も出ないわけだ、と。
 とにかくこの人たちはこの堆肥を譲られに来る腹心算らしい。まあ使ってみて効果が分かれば、その内に作ってみる気持ちにもなってこよう。この足で郷山前のSTさんの所も見学するそうだから、多少考え方も変わるかも知れない。

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