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沖揚平へ屑野菜を貰いに行く    (1992年11月5日)

 余り良いお天気なので、沖揚平へ鶏の餌にする屑野菜を貰いに行く。木々の葉っぱも散ってしまって、山はもう冬のただずまいである。レタスやハクサイの畑は取り入れをしないまま、大分放置されている。
  今年は野菜の売れ行きがさっぱりふるわなかったという。このまま雪の下に埋もれてしまうのであろう、何とも痛々しい光景である。普通であればとっくに市場に出回ったであろうレタスやハクサイを、鶏に食わせるのはちと勿体ないのであるが仕方がない。トラックに半分ほど戴いてくる。

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季節の便り    (1992年11月3日)

 今朝は放射冷却か、寒くて手が冷たい。何度かバーナーで手を温めながら作業をする。道端や田圃の畦の草は真っ白な霜に覆われていて、作業場の水溜まりには薄く氷が張っていた。今年の初氷である。
 昨日は山も野も一辺に初雪が降った。今年は冬が慌ただしくやってくる気配だ。鶏達の雪囲いも、ビニールが破けたり止まり木が足りなかったりで心許ない。

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産卵が少なくなる    (1992年11月2日)

 餌の与え方を変えたら産卵がめっきり少なくなった。発酵飼料を取り出した日と、その翌日は発酵飼料だけを与える。三日目には市販の飼料を与えることにしてから、一週間経った。鶏達が胃袋を膨らまして、満足そうにしている様子は見られなくなった。卵の数も半減してしまった。餌代は少なくなるが、卵の収入も減ることになる。
  結果的には同じようなことだけれども、市販の餌を幾らかでも減らすことが出来ればそれだけ鶏の安全につながるような気がするのである。

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少年院文化祭に出掛ける    (1992年10月30日)

 平内の青森少年院から文化祭の案内が届く。Z菌による生ゴミ処理を実施してくれている所だから是非行ってみたいと思っていた。トラックに土産のポリネット熟成槽と下に敷く堆肥五袋を積み込んで、妻を乗せて出掛ける。
 次長とOYさんの案内で堆肥槽を見せてもらう。今積んでいる所は60℃位で、順調に発酵が進んでいる。蝿の大量発生には随分困ったらしく、堆肥槽がすっぽり入る大きなネットの枠を作ったり、苦闘の様子が窺われる。
 出来た堆肥の効果を鉢植えのアロエで試した話や、近くの事業所や他の少年院にもこの方法を勧めていること等、嬉しい話を聞くことができた。

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腰痛    (1992年10月28日)

 10日程前から腰が痛くて、重いものを持ち上げるのが容易でない。腰と言っても尻たぶの真ん中あたりだから、足の付け根であろう。体重が片足に移る時や前かがみになって物を持ち上げる時に、尻の部分に力が入って筋肉が固くなる、正にその中がずきんと痛むのである。
 以前にもこんなことがあったような気もするが、何時のことだったかはっきりはしない。有り合わせのトクホンを貼っても、一向に効き目が表れない。大判の外用薬を買ってきて、両方の尻いっぱいに貼ってみたが余り楽にならない。朝出掛ける前に痛む部分に関係のありそうな運動をしたり、痛いところを強く揉み解したりしてみたのであるが、それもあまり効果がなかった。
 車の座席に腰掛ける時・重いものを持ち上げるときに、腿の芯を下へ向かって鈍痛が走るのである。どうせ行き着く所まで行かなければ、快方へ向かわないのであろう。痛いときには呻きながらも、揉み解すことと運動を繰り返してきたら、今朝やっと少し楽になった感じである。
 寒くなれば手足の端に霜焼けが出たり、重いものを持てば腰が痛くなったり、年のせいなのかも知れない。なれば動きだす時に、適当な準備運動をしたり手足のマッサージをしたりして体全体が目を覚ますようにすることが必要なのだろう。
 今朝はお天気も良いし、腰の痛みも薄れて快適な気分である。8月未に積み終えた熟成槽の堆肥を片付けてしまった。

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発酵飼料の与え方を変えてみる    (1992年10月27日)

 発酵飼料を与える日は、直ぐに市販の飼料をねだって纏わり付いてくるので、餌が足りないのではないかと酒井先生にお伺いをしていた。詳しいご指導で、やはり十分であることが分かったので今日から発酵飼料の与え方を変えてみることにした。
 酒井先生の飼育試験の結果によれば、1.5トンの発酵飼料で5500羽の鶏を飼育したので、給餌量は260g/1羽/1日が基準になるそうである。私が使っている発酵機で出来る飼料は700kgだから、鶏は1820羽飼えるという。
 この計算は良く分からないが、余り餌をやりすぎると肥満になって産卵数が減るので良くないという。私がこれまで続けてきた発酵飼料の与え方は、雛を除く成鶏230羽に対して発酵飼料600kg~700kgを一辺に与えていたのである。
 つまり第一鶏舎130羽には一輪車で8杯(35kg x 8 → 280kg)で、優に1000羽の餌に相当するわけである。そのために私の鶏は特に健康そうに見えたのかも知れない。
 そこで出来るだけ標準に近付けるために、今日は
 ・第一鶏舎130羽に対して、一輪車で3杯(35kg x 3 → 115kg)これでも400羽相当で多すぎるわけだが、今までの半分以下である。囲いの中の雛33羽には一輪車に一杯(これは130羽分に相当する)与えておいた。
 ・第二鶏舎100羽に対しても一輪車で3杯、37羽の雛には1杯与えた。つまりこれまで第一鶏舎に与えていた分で間に合わせたわけである。余った分は山積みにしておいて、明日の朝調子が良ければ餌として与えようと思っている。

 二日目の朝、発酵飼料を山積みにしておいたものは中の温度が42℃くらい。鶏の餌にするには50℃以上が良いと酒井先生が言っておられたから、餌としては適当でないようである。それでも第一鶏舎・第二鶏舎とも一輪車で二杯(約70kg).雛達の囲いの中に一杯ずつ入れた。山積みにした飼料はまだ少し残ったので、明日の朝その状態を見るためにシートを掛けておいた。
 700kgの発酵飼料で1500羽は楽に飼える訳だから、この飼料を三日に分けて与えれば500羽の鶏を飼えることになる。二日目・三日目と飼料の保存を良くすれば、市販の餌を使わなくても良いことになるのである。なんとかしてそれを実現してみたいものである。

 三日目の朝、山積みにしておいた飼料の温度は60℃になっていた。温度としては良好だが、匂いが少し悪い。100kg程あったので、全部第一鶏舎の成鶏に与える。発酵機から出して三日目になると、発酵を再開して温度は上昇してくるが、匂いは発酵が進んだ状態で少し臭くなってくる。これでは鶏も余り気持ちが良くないに違いない。二日目まで発酵飼料を食べさせることにしよう。

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撒いた種は生えたが    (1992年10月15日)

 春に雑草の中に種を撒いても殆ど芽を出さなかったのであるが、今になってシソが5・6本20cm程になって花を着けているのが見つかった。シソは強そうな草だけれども、これ程の雑草の中では新入りとしてなかなか受け入れてもらえないものであろう。これだけ成長するにも大変頑張ったに違いない。
 二年目・三年目と周りの雑草に負けるか、それともシソの勢力範囲を広げていくのか興味のあるところである。
 8月に雑草を削って種を撒いたハクサイ・ショウサイ・ダイコン・漬け菜は生えることは生えたが、家の畑に撒いたショウサイの半分もない貧弱さである。土がやせているせいか、周りの雑草のせいか分からないが、このまま4~5年もしたら一人前の野菜が育つようになるのだろうか。心細い話ではあるが、自然農法の本を参考にしながら続けてみたいと思っている。

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雛が元気に育つ    (1992年10月14日)

 先月畜産試験場から貰ってきた雛は極めて元気に育っている。8月5日孵化したのだからもう70日程になる。サービス分を入れてシャモロックが33羽・ロード37羽が、此処へ来てから一羽も死なないで一カ月経過した。こんなことはいまだかってなかったことである。
 雛が入れば最初の一カ月で一割位死んでしまうのである。試験場や種鶏場で無菌状態で育てた雛が、雑菌の多い場所に放される訳だから、黴菌に対する抵抗力が弱くて死ぬのであろうと考えていた。試験場では一割のサービスがあるから、その分だけ死んでも仕方の無いことだと諦めていたのである。
 種鶏場ではサービスが無いから、死ねば丸々損になるのである。
 さて今回はどうしてこう巧くいったのか、経験の浅い私には分からない。強いて言えば姓を入れる季節と、雛の数が適当であったように思われる。しかし同じ条件で雛を入れても、これからもこう巧くいくという自信は全く無い。
 先日も鶏好きのYさんがやってきて、私が育てているような鶏が欲しくて、五戸の畜産試験場と大館の黎明舎へ行ってきたが、気に入った鶏はなかったという。どうしてこんなに羽毛の艶や姿形の良い鶏が出来るのか、不思議でならないらしい。Kさんはきっと餌のせいだろうということになって、二度ほど発酵飼料を買っていった。Yさんも発酵飼料に気が付いているようだが、なかなか欲しいと言えないようである。
 今度発酵飼料を出す時に差し上げましょうと言ったら、子供のように喜んで帰って行った。
 なにもかも発酵飼料を食べさせているからに違いない。毎日でなくても効果はあるようである。鶏自慢の人達が私の鶏を欲しがっているのでくれてやっても良いが、連れていって巧く育たないことにでもなれば自信をなくすことになろう。なんとかその事を分かってもらわなければならない。

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一人の医師が訴えていました    (1992年9月27日)

 「医術が進歩しているのと裏腹に病人が増え、得体の知れない病気が次々に出てきている。これは人間の生命力が衰えている証だ。黴菌があれば直ぐ病気になる。花粉が飛んでくれば花粉症に悩まされ、大豆・牛乳・卵・そばを食えばジンマシンが出る。
  体に病気を治す力が無くなったのは、食物のせいだ。特に化学肥料で作った生命力のない野菜を食うからだ。」というのです。

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浪岡町で導入の話し    (1992年9月26日)

 KM先生の働き掛けで、浪岡町で私のやっていることを導入したいという話があります。私の気持ちを受け入れて下さるなら、こちらを引き上げて応援に行っても良いと思っています。これまで支援して下さった皆さんや生ゴミ分別収集に協力してくださった方々の了解を得て、生ゴミリサイクル運動の発展を計りたいと思います。
 言い落としたところもあったが、凡そこんなお話をしてから、浪岡町で実施することについての話し合いをしました。
 KM先生は、交通事故のことを考えても私のやっていることは体力の限界を越えている、雪での苦労が始まる前に引き上げさせたい。発酵機による生ゴミリサイクルは浪岡町の人々に大分浸透してきた。来年度には発酵機を買い入れる予算を計上する計画があるので、12月から私の機械も鶏も持っていって取り敢えず実施してみたい。
 ゴミ集めのメンバーも事業を支援するメンバーも決まって、今土地を探しているところだ。私の仕事を少し楽にして上げたいという思いやりが、一つの動機になっています。
 OKさん、今急にみんな持っていってやるといっても大変だから、浪岡から出掛けてきて私と一緒にやってみて、自信のついたところで持っていった方が良いと思う。今の作業場は容器を洗うのに都合良く水も十分だし、排水は沈殿槽もあって汚い水が直接川に流れでないようになっていたり、ゴミ処理には打ってつけの場所である。浪岡で急にあんな所を探すのも大変だし、これから施設するにあたっても実習しながら考えてみれば良いのでないか。
 生ゴミの分別収集と一口に言っても、そんなに簡単なことではなさそうだ。
 NKさん、生ゴミの分別収集が落合で定着しているのに、落合の人達の了解を得ているのか。今止められれば大変だと思うに違いない。こういうことを今後も続けて欲しいと行政にお願いすれば、街で機械を買ってやることになるかも知れない。ゴミで川が汚れること等は行政が黙って見ているわけにいかない問題だ。今何もしなければ生ゴミリサイクル事業は浪岡に持っていかれてしまって、落合で実った運動が消えてしまう。これは誠に勿体ない話だ。

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生命力のある作物を食べさせたい    (1992年9月25日)

 生命力のない野菜といっても、具体性がなくて一般には納得しがたいことですが、私は実感として共鳴出来ます。先日種鶏場に雛を買いにいって雄鶏も入れてほしいと注文したら、「雄鶏は何に使うんですか、雄鶏がいなくても変わりなく卵を産みますよ。」と言われた。無精卵も有精卵も成分を調べて違いがないかも知れない、しかし私は生命力とでもいうか確実に健康に及ぼす力が違うものだと信じている。
  野菜だって、病人に栄養剤を注射するように直接栄養剤を与えられて伸びた物は、食っても生命力の足しにならないような気がします。
 最近野菜がおかしいとかいうテレビがありました。野菜に含まれている筈のビタミンやミネラルが殆ど含まれていなくなったというのです。それが化学肥料で作った野菜だとは言わなかったけれども、おそらくそうだろうと思います。生命力の無い野菜というものが次第に証明されてくると思います。
 せめてこれからの世代を担う子供たちには生命力のある作物を食べさせたい。と願わずにおれない現状です。そして自然の循環を断ち切って自然を崩壊させている間違った文明を次の世代へそのまま残してはならないと思うわけです。このことが私の行動を支える考え方であります。
 私は肉体的にも精神的にも人並み以上に強靭だと自負しております。それでも朝4時30分から10時30分頃までの労働は少々苛酷に感じます。特に雪が降ればそれが倍加します。今年になってから乗用車で二度も事故を起こし、二度目には200万円もする乗用車を壊してしまいました。こんなことで作業を少し軽減出来ないかと考えています。

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生ゴミ収集は公共性を持つ    (1992年9月24日)

 生ゴミ収集は公共性を持つものですから、リサイクル事業を行政なり篤志家がバックアップすることになりますと、
 ・土地・建物・発酵機・トラック等を無料で貸してくれる。
 ・除雪をしてくれる。
 ・電気料・水道料・バーナーの灯油代を負担してくれる。
 ・補助金を出す。(一般のゴミ処理費が1トン当たり23000円だそうだから、約半額補助する。70トン処理すれば70万円の補助金を出すか、堆肥1トンを2万円で引き取るかする)
 そしてそれに付随した養鶏や養豚については自由とする。というようなことにでもなれば意欲的に取り組む人も出てくるのではないだろうか。
 一昨日酒井先生から信州伊那谷の平沢農園で作った梨が送られて参りました。中に入っているパンフレットによると、この農場では昭和46年から化学肥料を全廃して有機栽培に努めたとあります。もう20年も経ったわけです。そして今全国的に評価されて来ているそうです。又先日OKさんから安曇野のサンつがるを戴きました。これも有機栽培を続けて、今や日本一高いリンゴになっているそうです。香は確かに良いのですが味はそんなに違うようには思えませんでした。しかし豊かな土に育まれた作物は安全で健康に良い食品であることは間違いありません。
 今有機無農薬のブームで、そんなものを求める菜食主義者・自然食愛好者が増えているようです。そしてこだわりの有機無農薬作物が高く売れるような時代になったと言われております。
 それはともかくとして、昔から余ったものを土に返すという自然の循環の輪を断ち切って、余ったものはゴミとして処理し、土には化学肥料を撒いて作物を作るようになった。そのために土は死んでしまって、作物を育てる力を失ったのです。つまり自然は身近な所で崩壊を始めていたのです。

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作った堆肥の経費について    (1992年9月23日)

 一年目は発酵機を買うなど100万円ほどかかりました。その他に電気の引き込み線工事・発酵機の運搬修理据え付け等はNKさんが負担してやってくれました。それに多額の肥料代を戴きましたので、私の出費は少なくて済みました。
 二年目は50万円、三年目は40万円、これはトラックの油代・水分調節用のおがくず代と雑費が掛かるわけです。その他にバーナーの灯油代・電気料・トラックの整備費等はNKさんが負担してくれていますから、それらを合わせれば私のゴミ処理費は年間60万円位になっています。そして私が一日に集めるゴミの塩は400リットル~500リットルで凡そ200kg、年間で70トン位になりますから、1トン当たりの処理費は8600円位になります。出来た堆肥が30トンとして、1トン当たりのコストは2万円ということになります。これでは農家は高くて使えないことになりますが、1kgですと20円→10kgでは200円とすれば、園芸用堆肥として10kg500円位だとそんなに高いものではなさそうです。そうしますと1トンで5万円→10トンで50万円になりますから、楽に経費を賄えることになりそうです。

 養鶏の部では、いくらかでも負担を軽くするために、多少計画的に雛を買い入れてやっていますが、卵一個30円~40円で協力してくれている方が増えてきて随分助かっています。一年目は6万円の赤字でしたが、二年目は11万円の利益、三年目は40万円の収益を上げて、ゴミ処理費をカバー出来る程になりました。この卵を食べれば他の卵は食べられないというファンが増えて、止めるわけにいかない状態になっています。肉鶏はあまり利益が上がらないのですが、とりわけ美味いものは自分で食べたいし、仲間にも食べてもらいたい気持ちで飼っております。

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作った堆肥の効果試験結果    (1992年9月22日)

  私の作った堆肥の効果試験は、私の家庭菜園で行なって実に美味い野菜をこっそりと戴いておりますが、りんごと稲はNKさんの田畑でやらせてもらいました。
 ・リンゴ園は陽光という品種が植えられている6反程(果樹園は1反に1ton樹間に)ここは高継ぎ病とかで大分枯れていて、結果ははっきりしません。
  ・水田は去年やってもらいましたが、春先に堆肥を入れたら堆肥が水に浮いて流れたこと。鴨が堆肥を食べにきて苗が転んだこと。更に発育が不良で追肥(化学肥料)をしたら、伸びすぎて倒伏し減収になった事など報告されました。
 このように人の褌で相撲をとるようなやりかたでは、迷惑ばかりかける結果になりかねません。堆肥の使い方は状況によって変えなければならないようですが、大事なことは速効性でないという点です。ここが化学肥料と違うところです。堆肥は本来土作りをする役割を担うものだそうですが、私の所で出来たものは肥料効果もありますので、作物はよくできるはずですがそう思い通りにいくものではないことが分かります。

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これまでの実践で思ったこと    (1992年9月21日)

 これまでの実践で思ったことを少し述べてみたいと思います。
 *生ゴミリサイクルの必要性は、化学肥料や農薬で痛め付けられた土を熟成堆肥で復活させるということにあります。
  ・発酵機を使う方法が最も効率が良いと思うのですが、これも話に聞いていた程簡単ではなかった。単に堆肥にするだけなら多少失敗してもよいが、鶏等の餌にする場合はいい状態に発酵しないといけません。Z菌という生き物を扱うのですから、状況によって出てくる反応を良く見ていなければなりません。
 ・発酵機を使って生ゴミを処理すると、バーナーの燃料代は掛かりますがゴミ処理場の悪臭を出さないのが一つの特徴です。そして家畜の餌としてもとても優れたものですし、堆肥としてもなかなかこれだけの物は無いというから、生ゴミの最も無駄のない生かし方だと思います。
 ・こんな生ゴミが厄介物として捨てられている、しかも油をかけて無理に焼却しているのは誠に勿体ない話です。
 ・更に生ゴミを出す段階で、カラスがやってきてゴミ袋を破って食い散らかす。街の中には夜になっても山へ帰らずに、ゴミの出るのを待っているカラスの群れが気持ちの悪いほど屯して、その糞が道路を汚している。
落合地区ではそんなカラスの徒がなくなったと言っています。又川がきれいになったという話もあります。こういった面からも、特に観光旅館街は生ゴミの分別収集と発酵機によるクリーンな処理が絶対必要だと思いました。
 ・生ゴミを発酵させたものは、アミノ酸やブドウ糖といった消化吸収のよいものですから、鶏も極めて健康に育ちます。何せ養鶏場で卵を産み尽くしたよれよれの廃鶏がこれを食べて、元気になり再び卵を産み出すようになるのですから凄いのです。ただ私の使っている700kgの飼料で2000羽もの鶏が飼えるということですが、その10分の1の200羽でもこれだけでは十分でないようです。市販の餌を補ったとしても、消毒薬も使わない飼育ですから、卵も肉も安全食品であることは間違いありません。
 ・鶏を飼うと、堆肥の中に鶏糞が混じって一緒に発酵するので、肥料効果の高い堆肥に仕上がります。養豚でも同じことになるようです。

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生ゴミリサイクル同志の会    (1992年9月20日)

 KM先生の働き掛けで、浪岡で私のやっている事を引き継ぎたいという気運が高まってきた。それが年内にも実現する見通しになった。同志の方に了解を求める傍ら浪岡の人達にこれまでの事情を知ってもらいたいので、同志の会はいつもより人数が多くなった。
 これまで生ゴミ分別収集に協力してくれた落合地区からTKさん、浪岡からは今後中心になって動いてくれるSTさん・NMさんが参加してくれた。初めて参加される方があるので、私の話は盛り沢山でくどくなった。
 「生ゴミリサイクル三年を振り返って」
 生ゴミを集めて堆肥を作り、その堆肥で本来の美味しい野菜を作ってみたい。やがてはリンゴ・米も育ててみたい。田も畑も持たない私がそんな夢のような事を考えたら、それがトントン拍子に運んで・・・
 NKさんの機械力で、発酵機を運んできて修理して据え付けてくれる。この事業には最適の広い場所を提供してくれる。電気の引込線工事をしてくれる、トラックを貸してくれる。
 境松の社長さんが水道工事をしてくれる。やがて鶏舎を作ってくれる。KM先生と落合のTKさんはゴミ提供の説得をしてくれる。等など
 NKさんを始めとして皆さんのお膳立てで、やらせてもらったという感じです。こんなことだから、私も責任を感じ、やってみたいという気持ち以上に、緊張し夢中でやってまいりました。以来三年間一日も休まず、1100日余、
 ・堆肥作りは順調に進んできた。
 ・生ゴミリサイクル運動の中心となる分別収集は落合地区に定着した。
 ・堆肥の効果試験は私の水田・リンゴ園でははっきりしなかったが、家庭菜園ではその優秀さがわかった。
 ・又この発酵機方式では、養鶏(養豚)が欠かせないものであることも分かってきた。

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安曇野のサンつがる    (1992年9月19日)

 市場で一番高く売れるりんごだそうで、OKさんがわざわざ取り寄せて持ってきてくれた。津軽のりんごに比べたら見栄えが悪く、薬剤か酵素か知らないが白い粉みたいなのが付いている。香りは良いが味は目立って違うことはないような気がする。有機にこだわって作っているのが評価されているようである。

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生ゴミ集めが地域に定着してきた    (1992年9月19日)

 「生ゴミ集め三周年」を読んだ旅館のご主人が話し掛けてきた。おがくずは別の製材所に聞いてみたらどうかという話である。私が期待しているのは、生ゴミリサイクル運動の一員として、知り合いの製材所にでも話し掛けて欲しかったのだが‥。
 そこまでもいかないで、「今貴方に止められれば困ってしまうから。」となる。これでは私はサービス業みたいなものではないか。
 そしてお金の入った封筒を無理矢理渡してくれる。車の油代にでもしてくれということである。これも各家庭が運動の参加者として、中身を知っておく必要があると思って、経費の事を少し遠回しに書いたのだが、読める人はなかなか正確に捉えているものだ。
 それはそうとして朝の路傍ですったもんだのやり取りはみっともないので一応お預かりして帰る。今日は次のような手紙を添えて返すことにする。
 折角のお気持ちに逆らうようで、お預かりしましたが、お金は戴くわけに参りませんのでお返しいたします。お気持ちだけありがたく頂戴いたします。
 私のやっていることはボランテアでもサービスでもなく、自分でやってみたい事をやらせてもらっているに過ぎない、言わば道楽みたいなものなのです。カッコウ良く言えば「生ゴミリサイクル運動」と言えると思いますが、余り広がっていかないのが歯軽いくらいです。
 その中で生ゴミを出してくれる家庭が、「生ゴミを資源として活かすために、他のゴミと仕分けして水を切って出す。」ということを日常的にやっていただけたことは、大きな成果として大変嬉しく思っております。
 私はこうした地域の活動をバネにして、ゴミの分別収集や生ゴミリサイクルを始めるべきであることを市長さんにも訴えて参りましたが、何せ風変わりな個人の意見ですから、容易に聞いてもらえません。地域の方々が一丸となって主張したら、黙っておれない問題だと思います。
 私のやりたいと思っていたことは、お陰さまで大半納得出来るまでやることが出来ました。後、堆肥の効果試験がいくらか残っている状態です。
 出来るだけ頑張って続けたいと思っておりますが、相棒もいないし相当ハードな労働ですので、特にこれからの冬期問は多分に億劫です。
 今後もよろしくお願いいたします。齋藤重学。

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カラスのいたずらが無くなった    (1992年9月9日)

 一日に配った便りに一つだけ反応があった。何時も話し掛けてくれる高橋の小母さんが言うには、ゴミの集積場にカラスが飛んできてゴミ袋を破ってゴミを食い散らかして困っていたのであるが、私が生ゴミを集めるようになってからカラスが来なくなったというのである。
 気をつけて見ている人もいるものだと感心する。このようなカラスの徒は何処でも目にする光景である。そして近頃街の中に屯するカラスの多いのには、驚くばかりである。こんなに沢山のカラスを街の中におびき寄せたのは生ゴミではなかったのか。とすればカラスを山に返す方法は簡単である。

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雛鶏が入る    (1992年9月9日)

 五戸の畜産試験場にお願いしていた雛を7日に受け取りに行ってきた。33日雛で328円、30日雛だと309円という事だから、3日経って21円だけ高くなっている。一日当たり7円は餌代を計算したのであろう。如何にも役所の仕事らしくて感心する。
 シャモロック33羽、ロード33羽、ロード雄4羽(一割サービス)で20,664円支払ってくる。
 肉用鶏はブロイラー用の餌を与えれば、4カ月で出荷出来るほどに太るということである。私のように卵鶏と一緒に育てると、4カ月では軽くて食える所が余りないようである。6カ月位が食べ頃ではないかと思っている。少し堅いかも知れないが、味はだんだん良くなると言う人もいる。そうなると6月に買ってきたシャモロックは12月頃に食べられるし、今回の雛は2月か3月に食べ頃となる。
 肉用鶏はどうしても餌を多く食べるから、早いとこ鍋に入ってもらわないと会計が苦しくなるばかりである。
 ロードは主として卵用に入れたのであるが、廃鶏にする時に肉も利用できるので、これまでの卵専用のノーリンクロスと切り替えていく考えである。このロードの雛は来年の2月にならなければ卵を産み出さない。どうか無事に育ってほしい。

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